人生は選択の連続

人生は選択の連続

やあ、キミたち!

俺だ、勇者だ。

キミたちも、勇者になろう。

キミたちは「人生の分岐点」だと思う瞬間はあるか?

ひとにはそれぞれ、大きく落ち込むときや、大成功をおさめたときなど、

振り返れば、「あれは自分の人生を変えた瞬間だった。」

と思えるできごとが、ひとつやふたつはあるはずだ。

 

しかし逆に、ある程度の年齢になるまで、

自分でも気づかないうちに、大きな波風もないまま過ごしているひとも少なくない。

 

俺もそのうちのひとりだった。

臆病で、気が弱く、ひととの衝突や、叱られることから逃げて生きてきた俺は、

20代になるまで、自分の無力さに気がつくことができなかった。

最初の村からでたことのない勇者は、外でスライムと戦うことで初めて

自分の弱さに気づくことができる。

「一撃で倒せねえんだ…。」

こういった、超えなきゃいけない壁にぶつかったとき、ひとは大きく成長する。

それはなぜか?

 

決断がひとを成長させる

俺の戦友だったシェイクスピアはこう言っていた。

『人生は選択の連続だ』ってね。

 

ゲームをやっているとよくわかる。

村を一歩出た瞬間に、どっちの道へ進もうか、どの街へこうか。

そして敵と遭遇したとき、

▷たたかう
まほう
どうぐ
にげる

こんな感じで選択を迫られる。

キミの選ぶ行動によって、その後の結果が大きく変わる。

戦いにおいては「勝利」っていう明確な目的がある。

そのために必要なコマンドはある程度見えてくる。

 

だけど人生においては、目標を決めなければ、選択肢は無限大だ。

共通していることは、「キミの選択次第で、その後の人生が決まる」という点だ。

どんな選択をしようと、それはキミの経験値となって、

新しい知恵と、知見、アイデアのタネ、教養、いろんな形で

脳と体に刻みこまれる。

 

あとはそれをどう使うか、だ。

いつも、どんな時でも、毎日毎分毎秒が「人生の分岐点」だ。

 

難しくてよくわからんっていう脳筋なキミへ

なんでもいい、何かを捨てろ

スマホの中のアプリでもいいし、服でもいい。

化粧品でもいいし、本でもいい。

究極は、職場や友人関係でもいい。

 

とにかく、捨てろ。

全部じゃないぞ。

自分にとって、これは不要だと思うものを捨てる。

 

そして、残ったものが、

キミにとって本当に必要な、選択の結果得られたものだ。

 

今、もし嫌な環境を捨てられないのなら、

それを誰かのせいにしてはダメだ。

その状況を選択したのは、紛れもない、キミ自身だ。

 

(そんなこと言うなよ、仕方なくやらされてるんだよ。)

もしかして、そう思ったか?

 

一度、深呼吸して、もっと冷静になって考えてみたほうがいい。

その環境と、“奴隷契約”でも結んでいるのか?

 

本当は、頑張れば抜け出せるけど、その道を自分が選んでるだけじゃないのか?

「無理」

なのか

「困難」

なのか、

賢い頭と、大人の目で見極めるんだ。

無理なら逃げろ。

困難なら立ち向かえ。

 

キミには、コマンドを選択する権利がある。

 

その点、勇者はいいぞ。

自由だからな。